ジーイークリエーション

ジーイークリエーションがお送りする『ぷちブログ』

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青春、甲子園!

みなさんこんにちは。

夏の甲子園が終わりましたね~。

今年の決勝はまるでマンガのような展開で、負けた方も勝った方も涙!
いいですねー、青春!!

日本の高校野球発祥から今年で100年戦後70年、ということで
色々と話題になっていましたね。

今回は、高校野球に関するトリビアをいくつかご紹介します。

 

甲子園球場の名前の由来】
甲子園球場が完成したのが、大正13年8月1日です。
十干、十ニ支のそれぞれ最初の「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに出合う年だそうです。
縁起のよい年にちなんで、この付近一帯を「甲子園」にしたそうです。
野球場を「甲子園球場(当時は大運動場)」と名付けたそうです。


【延長18回引き分け再試合のルールを作ったのは板東英二
1958年夏の大会(第40回)、「18回引き分け再試合」のルールが出来ました(それまで無制限でした)。
同年行われた春季四国大会の高知商戦で延長16回を完投
雨で1日おいた決勝の高松商戦もまた延長に入り、敗れはしましたが25回・5時間27分で決着したそうです。
これを見た役員が「健康管理上まずいのではないか」と延長の規定を進言したそうです。

そして1998年(平成10年)夏の第80回全国高等学校野球選手権大会の準々決勝第一試合では、PL学園対横浜延長17回の試合が行われ、
横浜高校の投手だった松坂大輔が、延長17回を一人で250球投げ続けた事が後に論議を呼びました。
その後、2000年の第72回選抜高等学校野球大会から、延長戦が従来の18回制から15回制に短縮変更されました。


高校野球で「122-0」というスコアがついたことがある】
1998年の青森県大会。東奥義塾vs深浦。
勝った東奥義塾の攻撃の内訳は、打者149人ヒット86四死球 36本塁打7三塁打21二塁打31、そして盗塁78
すごい…とても野球の記録とは思えないですね。。。


アルプススタンドの名付け親は岡本太郎
岡本太郎が18歳の時、甲子園を漫画家の父・岡本一平と観戦。
白い服を着た観客で埋まるスタンドを見て、雪で覆われた山脈を連想
まるでアルプスのようだ」と話していたことがきっかけなんだとか。


甲子園球場の場所は兵庫県
甲子園球場のある場所を大阪と勘違いしている人が多いらしいです。
大阪に行って『甲子園球場が無い!!』というケースもあるそうですよ。


【日本の野球で背番号をつけたのは、高校野球が最初】
1931年の第8回センバツが初めてだったらしいです。
プロよりも先に導入したとはちょっと驚きですね。


毎年繰り広げられる、高校球児たちの熱い闘い。
来年はどんな大会になるか、楽しみです。